採点者は自分



現在とある通信教育を受講しており、先日提出したレポートが返ってきました。
レポートの内容に自信はあったのですが少しばかり論点が逸れた箇所があったようでその分点数が引かれていましたがなんとか及第点には達しておりホッとしている次第です。




こういった論述試験の採点に関して思うのがどういう基準で採点をしているのかということ。


選択式の試験ならば正解、不正解がわかりやすく採点も容易ですが論述式では明らかな間違いを除きその境目が不明瞭であり、もし採点者のさじ加減によって点数が大きく左右されるのだとすると納得がいきません。


論述式の試験にも選択式のように採点の基準がしっかりと決められていることを願いたいものです。



このように試験などの点数によって極端な話人生が左右されてしまうのはなんだか悲しく思いますがこれが近代社会の常なので業には従うまでという話です。




さて、この自分の人生を左右する点数ですが恋愛にも点数をつけるとその本質が見えてきます。



某難関私立大学のW大学の教授が言っていたのが
自分の魅力を点数化すると何点になるでしょうかという質問。



難しいですが考えてみることとします。
容姿は…性格は…年収は…という風にです。




自分の魅力度を点数化して何がわかるのかというと、
教授によると自分の魅力度以上の異性と付き合うことは不可能だそうです。

例えば自分の魅力度が50点だとして魅力度80点の異性と付き合うことはできません。


自分が50点ならば付き合う異性も同じくらいの点数の人に、結果的にそうなるという事だそうです。



これを恋愛均衡説と言うのですが恋愛も経済と同じように市場がありこれを恋愛市場と呼ぶのですが私達は知らず知らずの内にその恋愛市場に参加しています。


恋愛関係とは、いずれは消滅してしまう恋愛感情を前提として、自分の資産価値を元手にできるだけ高く自分を売り買いしたい者同士が物々交換することである。(引用)

 

そうであるからこそ、効率的な恋愛市場ではだいたい魅力が同じくらいの者同士がカップルになるということなのでしょう。





自分に点数をつけるとすると何点でしょうか。




より魅力的な異性と付き合うためにはまず自分の魅力を高めていくことが一番の近道だと思います。







つまり待っていても白馬の王子はやってきません。ということです。